任意後見
任意後見制度は精神上の障がいにより判断能力が不十分になったときに備え、本人が有する人生観や価値観を損なわずに尊重し、残存能力を十分に活用するため、本人の意思で、自らが自分の信頼のおける人を選んで財産管理などを委任する制度です。
見守り委任契約や任意の財産管理契約あるいは死後事務委任契約といった契約を、任意後見契約に附帯するかたちで契約時の状況にあわせて本人と任意後見受任者との間で自由に決められます。
元気でしっかりしているうちは無縁だと思われるかもしれませんが、近い将来の安心設計ということで利用される方が増えてきています。例えば、認知症になり判断力が衰えてしまってからではこの任意後見契約は結べなくなります。もっとも任意後見契約を結んだからといって判断能力に衰えがなければ、任意後見契約が開始されることもありません。
また、成年後見における判断基準としての判断能力と介護保険でいわれる要介護度といった判断基準が混同されがちですが、関連性はあるとは思いますが制度上はまったく別の概念です。ですので、例えば、お身体が不自由で他人の力が必要な方でも判断能力は十分なんだけど銀行に行くのには大変だからといったことで、任意の財産管理契約を結び、そこで将来に備えるために任意後見契約に附帯するかたちで締結しておく場合などが想定されます。
成年後見制度とは
任意後見について最初に触れましたが、そもそも成年後見制度とはどういうことのためにあるかについてですが。認知症や知的障がいや精神上の障がいによって判断能力が不十分になった方のために、その本人を代理する後見人等によって本人のために契約を締結したり、あるいは本人がした契約を取消したり財産を管理して支援する制度です。
この成年後見制度は平成12年にできた制度で、それまであった禁治産・準禁治産制度と呼ばれていた制度を全面的に見直すかたちで制定されました。禁治産・準禁治産制度のもとでは本人の身上監護という概念がありませんでしたが、この成年後見制度は身上監護重視の制度へと変わりました。
そこでこの身上監護についてですが、民法858条に「成年後見人は成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」とあり、また任意後見法6条に「任意後見人は、任意後見人の事務を行うに当たっては、本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」というように法律上明確にし重要視されています。
そしてこの成年後見制度には大きく分けて二つあり、法定後見制度と任意後見制度があります。法定後見制度はさらに3つの類型があり、判断能力の程度によって「後見」「保佐」「補助」を設け、いずれも家庭裁判所に対して審判を求めるかたちで後見事務が開始されます。つまり、すでに医師の診断により判断能力に衰えが生じてしまった方のために支援する制度であり、また成年被後見人または被保佐人は会社の取締役等の欠格事由であったりといった権利や地位の喪失が起こります。
一方、任意後見制度は判断能力がしっかりしているうちに任意後見契約を結んでおき、将来判断能力が衰えるかもしれないという備えとしてのものであり、本人の残存能力を活用していこうというところに重点が置かれています。 成年後見制度を理解する上での中核はむしろこの任意後見制度にあると思います。
成年後見制度の利用状況
こちらを参考に裁判所資料
平成26年度における成年後見関係事件の申立件数は、合計で34,373件でここ2年連続減少傾向にあります。それはさておき、その内訳ですが後見開始の審判の申立件数が27,515件、保佐開始の審判申立が4,806件、補助開始の審判申立件数が1,314件、そして任意後見監督人選任の件数が738件となっています。
この統計からは、法定後見である成年後見の申立件数が圧倒的に多く、その理由はいろいろありそうで省略しますが、また成年後見制度の創設とともに新設された補助制度の利用が全体のわずか3.8%であるというところに目を引きます。そもそも補助制度とは精神上の障がにより判断能力が不十分な者のうち、軽度な状態にある者というように定義されているのですが、活用しやすいようにという制度趣旨とは裏腹に制度設計自体が複雑で難しいということなどが原因になっているとされているのかもしれません。
そしてつぎに申立人については、本人の子が全体の32.1%で、次いで市区町村長が16.4%兄弟姉妹が13.5%と続いています。また成年後見人等と本人の関係については、配偶者、親、子、兄弟姉妹等のいわゆる親族後見人が全体の35%、そして親族以外のいわゆる第三者後見人である専門職や一般市民である市民後見人等は65%となっています。
以前は親族後見人が中心でしたが、本人の財産を食い物にしたり虐待があったりと倫理観に欠ける事件が後を絶たなかったり、公的な地位としての専門性に欠けていたりといったことなどから家庭裁判所において第三者である専門職後見人等を選任するように変わってきたという経緯があります。
つぎに重要なのが介護保険制度との関係です。高齢化社会に伴い介護認定を受けて介護サービスを利用する人は平成26年度末においては 600万人おり、推測では要介護者の半数近くは認知症高齢者が占めているのではないかという状況です。つまり、後見制度を利用されている方が18万人ほどですから、600万人のうち相当数は成年後見制度を利用すべき人がいるかもしれないということが窺い知れます。
法定後見制度
法定後見には後見制度と保佐制度、補助制度の3類型があります。その違いは制度を利用する方の判断能力の程度によって分類されています。条文上は精神上の障害により事理を弁識する能力、すなわち精神上の障害とは身体的な障害を除いてすべての精神的障害をいい、認知症者をはじめ知的障がい者や精神障がい者、高次脳機能障がい者等の人をいい、事理を弁識する能力とは物事の道理や道筋が分かり、自分の行為の結果を認識判断するに足りるだけの精神的な能力が備わっていることをいいます。
この事理を弁識する能力を欠く常況にある方が成年被後見人といい、著しく不十分な方が被保佐人であり、不十分な方が被補助人として規定されています。そしてこれらの制度を利用するには、申立権のある者が家庭裁判所に申立をするところからはじまります。申立書等の必要書類を家庭裁判所に提出して、家庭裁判所が家事事件手続法に定める手順に従って審判します。
申立をする家庭裁判所の管轄は成年被後見人等の住所地を管轄する家庭裁判所です。次に家事事件手続法には、家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができないとし、だだし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない、と定めています。しかし、実際に鑑定を実施しているのはその1割程度で、ほとんどは鑑定は省略され医師の診断書で判断されている実状です。
そして成年被後見人等をお世話する側の後見人等の選任がなされますが、申立の段階で候補者を決めておくことはできますが、あくまで家庭裁判所が適任とした人が選任されることになります。こうして選任された後見人等はそれぞれ制度によって成年後見人、保佐人、補助人と呼ばれそれぞれに職務権限の範囲が異なります。
成年後見人であれば財産管理等に関して包括的な代理権が与えられ、同意権はそもそもありません。ただし、包括的といっても居住用不動産の処分等には家庭裁判所の許可を得なければなりませんし、また成年被後見人を代理してする営業や相続の承認や放棄または遺産分割協議といった民法13条1項に列挙されている事項あるいは成年被後見人と成年後見人との間で利益が相反する行為に関しては、成年後見監督人が選任されていればその同意が必要であったりと制限されている部分もあります。
これに対して保佐人として選任されるのであれば保佐人には当然には代理権は与えられていなく、被保佐人となる人以外の申立による場合で代理権を付与する場合には被保佐人と保佐人との間で決めた内容につき被保佐人の同意が必要になります。このあたりは後見類型と異なって判断能力の違いから本人の自己決定の尊重という観点から意思決定を重視していこうという表れになっています。
また保佐人の同意権には法定同意事項として民法13条1項に定められた事項と必要に応じて任意同意事項を付加するかたちとなっています。これらの同意事項に定められた行為を被保佐人が保佐人の同意を得ずに行った場合には保佐人はその行為を取り消すことができる権限があります。
そして補助類型に関しては補助開始の審判から被補助人となるべき者以外の人から申し立てがあれば開始の審判自体に被補助人となるべき本人の同意が必要になり、また代理権付与や同意権付与の審判にも本人の同意が必要になります。
さらに代理権付与や同意権付与の審判は補助開始の審判と同時にする必要があり、それは被補助人本人の状況に応じて代理権のみでも同意権のみでもあるいは代理権と同意権を組み合わせることによってでも構いません。補助人の同意権に関しては、保佐人が民法13条1項すべての事項に関してだったのに対し補助人はその一部に限定されます。これも被補助人は被保佐人以上に判断能力があることを前提にした規定になっています。
このように後見、保佐、補助の順番に見てくると本人の判断能力のよりある補助制度ほど手続きは煩雑になり、しかも補助制度を利用しようとする本人からすればまだまだやれるという理想と自分の制限行為の特定との間において本人による申立を困難にしたりして利用が伸びない要因ともなっているといわれています。
任意後見制度の特徴
成年後見制度の中で任意後見制度は最も本人の自己決定を尊重し、本人の保護と調和を図る仕組みとして登場しました。
その特徴は、委任者である本人の判断能力が十分なうちに、自分で決めた受任者に対し、精神上の障害により判断能力が不十分な状況になったときの自己の生活、療養看護や財産管理に関する事務の全部または一部を委任し、その委任にかかる事務に代理権を付与する契約になりますが、この契約は公正証書でしなければならず、そして公証人の嘱託により任意後見登記がなされます。
その後、本人が精神上の障害により判断能力が不十分になって、任意後見受任者等が家庭裁判所に対し任意後見監督人選任の申立てをし、任意後見監督人が選任されてはじめて事務が開始できます。
また、法定後見との違いとしまして、最大限に自己の意思決定のもと法的支援やその手配を選択でき、つまり受任者の選任からその代理権の内容について自分で決定できることや将来のライフプランとして介護や終末期の医療について、法定後見では難しいこれらの事項を判断能力が低下して意思表示できなくなった場合でも、事前に意思表明しておくことによって実現することができます。
そして後見類型や保佐類型に見られるような権利が制限されたり資格がはく奪されるということもありません。
それから、法定後見では利用できない任意後見開始前の見守り契約や財産管理委任契約そして死後事務委任契約を任意後見契約時に付随するかたちで設定したり、任意後見契約を補完するかたちで契約する信託契約の併用などが利用できます 。
任意後見契約書案の作成
以下、任意後見契約を締結するにあたってのおおまかな流れになりますが、任意後見契約書は契約当事者が案として以下の内容を専門職をまじえてあらかじめ決めておくか、はじめから公証人と相談の上作成してもいいと思います。いずれにしましても、公証人が作成した公正証書によらなければ任意後見制度を利用することはできません。その際、公証人は委任者である本人の任意後見契約を締結する意思と事理を弁識する能力すなわち判断能力を確認することになっています。
- 契約の相手方である任意後見人を決めます。
- 契約形態を決めます。
- 委任する代理権の内容を決めます。
- 報酬について決めます。
- その他の特約事項を決めます。
1.委任者(本人)は自然人であれば誰でもなれますが、未成年者は法定代理人による代理で任意後見契約を締結することはできますが、未成年である間は任意後見監督人は選任されないことになっています。また、すでに法定後見が開始されている者は成年後見人や保佐人の同意または代理で任意後見契約を締結できるとし、もし任意後見監督人の申立てがなされた場合には、法定後見を継続することが本人の利益のため特に必要であると認めるときに限って、選任申立てを却下でき、それ以外の場合には選任申立てを認容しなければならないとしています。
次に、任意後見受任者になる者は法律上の制限はなく、委任者が信用できる後見人としての資質があれば個人でも法人でもなれます。ただ、契約締結時は任意後見受任者と呼ばれ、任意後見監督人が選任された段階では任意後見人と呼ばれ、任意後見人には未成年者や破産者等の欠格要件があり、該当する場合には任意後見監督人は選任されないことになっています。
そして、任意後見受任者には配偶者や子や孫、さらには兄弟姉妹や甥や姪といったいわゆる親族後見人が挙げられ、弁護士や司法書士等の専門職後見人、法人としては特定非営利活動法人であるNPO法人や社会福祉法人等が候補になるかと思われます。
もともと成年後見制度は親族後見人を中心にはじまり、その親族後見人を補うかたちで専門職後見人や法人後見人が担ってきましたが、近年は第三者後見人として地域から見た社会貢献としての一般市民である市民後見人の力も必要ということで運用がなされはじめています。
2.任意後見契約の契約形態には将来型、即効型、移行型と3形態あり、将来型は任意後見契約だけ締結しておき、本人の判断能力が低下する以前においては任意の身上監護や財産管理等は行わず、判断能力低下後に任意後見事務を開始するというものです。いわば将来において、万が一に備えての役割を持つ形態です。
また、即効型は本人がすでに軽度の認知症等の状態にあり、任意後見契約を締結するのに限定的な判断能力を有する場合に、補助制度を利用せず任意後見契約を締結し、締結したらすぐに任意後見監督人の選任の申立てを行う形態です。この契約形態は、契約の有効性が問題になるおそれがあり実務的には難しい部分があります。
そして、移行型についてですが、任意後見契約を締結する高齢者の多くはこの形態であり、つまり任意後見契約を締結するのと同時にあらかじめ別に任意の財産管理契約も締結しておき、この任意の財産管理契約は当事者の合意で契約締結時から財産管理事務だけ開始したり、あるいは契約締結後に事務の必要性が生じたときに当事者の合意を持って財産管理事務を開始したりできます。
この移行型任意後見契約は、任意後見監督人選任前から任意の見守り契約や任意の財産管理契約によって、本人の判断能力の低下以前からあらかじめ事務の必要性を当事者が合意の上で事務を開始しておき、その後判断能力が低下してから、任意後見監督人の選任の申立てを行って任意後見事務へと移行していく形態になります。本人の判断能力はあっても、加齢等で自分のことが自分でできないことは想定されますので、そういう場面にも合った契約形態といえます。
3.委任する代理権の内容とその範囲を決めますが、そもそも任意後見契約の方式は、法務省令で定める様式によることと任意後見法第3条に規定されており、すべて様式に従ってというわけではありませんが、代理権目録の様式を参考に具体的に公証人等に相談すればいいでしょう。
また、委任契約の内容は委任者それぞれ異なりますので本文の内容は契約当事者が定めた条項を盛り込むことになります。かといって何でも自由に決められるわけではなく、あくまで委任者本人の支援に必要な内容であって、本人の配偶者や子のための支援の内容は盛り込むことはできません。
次に委任者が受任者に何をお願いしたいかである代理権の内容である代理権目録ですが、こちらは法務省令で定める様式があり、チェック式の第1号様式と羅列式の第2号附録様式の2方式の選択ができるようになっています。以下その概要ですが、
A.財産の管理・保存・処分に関する事項(財産の売却、賃貸借や担保権設定契約の締結・変更・解除など)
B.金融機関との取引にかんする事項(預貯金口座の開設及び当該預貯金に関する取引、貸金庫取引など)
C.定期的な収入及び費用の支払いに関する事項(家賃や年金などの受領、家賃や公共料金の支払いなど)
D.生活に必要な送金及び物品の購入等に関する事項(生活費の送金、日用品の購入など)
E.相続に関する事項(遺産分割又は相続の承認・放棄、遺留分減殺請求など)
F.保険に関する事項(保険契約の締結・変更・解除、保険金の受領)
G.証書等の保管及び各種の手続きに関する事項(登記済権利証や実印などの保管、登記の申請、住民票や 戸籍謄抄本などの行政機関の発行する証明書の請求など)
H.介護契約その他の福祉サービス利用契約等に関する事項(介護契約の締結・変更・解除及び費用の支払、要介護認定の申請及び認定に関する承認又は異議申立て、福祉関係施設への入所に関する契約の締結・変更・解除及び費用の支払いなど)
I.住居に関する事項(居住用不動産の購入・処分、借地や借家契約の締結・変更・解除など)
J.医療に関する事項(医療契約の締結・変更・解除及び費用の支払い、病院への入院に関する契約の締結・変更・解除及び費用の支払いなど)
などが主に挙げられ、これらの事項は財産管理や身上監護における法律行為であり事実行為は含まれないということになります。またこれら代理権の範囲を一部制限したり拡張したりすることはできます。
そして、判断能力低下時に想定できることは追加しておいたほうがいいでしょう。とくに家族以外の第三者に依頼する場合には、あまりに代理権の範囲が限定されすぎていると、必要な事務ができないことにもなりかねないということが起こりえますし、簡単に追加というわけにもいかないからです。
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